昭和57(1982)年発行の関根文之助著「聖書のことばと日本語」(福永書店)という本を、古書で買って読んだ。著者も書名も知らなかったが、別の本を読んでいて引用されていたのが、きっかけだった。全体としては、現在の私の興味に合わないところも多く、かなり呼び飛ばした。
その中でも私の興味を引いたものを三つ紹介する。
一つはいわゆる日本人による明治讃美歌の名曲、作詞者、作曲者についてのエピソードの紹介などがあった。
例えば、由木康作詞の「この世のつとめ」について。
「これは、作者が、1930年のある朝、知人をそのつとめさきの銀行にたずねたおり、応接室で、その人を待っているあいだに、作られたものと言われている。」
由木康以外には、津川主一、「山路こえて」の西村清雄、宮川勇、永井えい子、松山高吉、など讃美歌紙面の隅っこの方で長年名前だけ見知っていた先人たちについて少し、知ることができたことは喜びであった。
二つめは、口語訳聖書の詩篇の日本語についてである。関根文之助という人は、1955年の口語訳聖書の翻訳に国語関係で大きな功績があったのだが、詩篇の日本語訳の裏話のようなものを書いている。その中に、目からうろこのことが一つあった。
「わたしは、現行聖書(=口語訳聖書)の文体でいちばん苦心したのは『詩篇』である。また、できたものへの批判も、かなりきびしいものがあった。
わたしは、次の三つのことを、基本的なこととして考えてみた。
(1)叙事的なところは、『……である』を用いること。
(2)叙情的なところは、『……であります』『……です』を用いること。
(3)呼びかけ、感嘆等の場合は、文語体を用いること。」
なるほど、と思った。私は高校生の時以来、しばらく口語訳聖書を読んで育った。そして、今にして思えば、詩篇についてなんとなく文体が不統一だな、という印象を持っていた。
しかし、その不統一は出来損ないのためではなく、よく吟味されたうえでの訳し分け、意図的な種類の異なる三つの文体の使い分けだったのである。
以下に著者自身が挙げている例を紹介する。
【である体=叙事的】
《詩篇第1篇1~2節》
悪しき者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の道にすわらぬ人はさいわいである。
このような人は主のおきてをよろこび、
昼も夜もそのおきてを思う。
【です、ます体=叙情的】
《詩篇第3篇1~3節》
主よ、わたしに敵する者のいかに多いことでしょう。
わたしに逆らって立つ者が多く、
「彼に神の助けがない」と、
わたしについて言う者が多いのです。
しかし主よ、あなたはわたしを囲む盾、
わが栄え、
わたしの頭を、もたげてくださるかたです。
【文語体=呼びかけ、感嘆】
《詩篇第5篇1~2節》
主よ、わたしの言葉に耳を傾け、
わたしの嘆きに、み心をとめてください。
わが主よ、わが神よ、
わたしの叫びの声をお聞きください。
わたしはあなたに祈っています。
三つめは「信ずる」と「信じる」の訳しわけ
《マルコ9:23》
「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる。」
《ヨハネ11:25》
「わたしを信じる者は、たとえ死んでも生きる。」
「現在、中国語では、『信ずる』は『在言』、『信じる』は『我信』となっており、現代英語では、『信ずる』は"faith"、『信じる』は"believe"となっている。」
ちなみに、新共同訳、聖書協会共同訳、新改訳2017は、すべて両者とも「信じる」で区別はつけていない。なお、文語訳は、逆に両方とも「信ずる」でこちらも区別していない。ということで、この二つを訳し分けている日本語訳は口語訳のみということになる。