列王記第一の3章、4章を読んだ。
ここには、一言で言ってソロモンの王国の繁栄ぶりが描かれている。
知恵を求める謙遜、それを求めなかったがゆえに与えられた知恵と判断力、富と誉れ。
周囲の国との平和などなどが、ソロモンには備わっていた。
象徴的な表現が4章25節にある。
「ユダとイスラエルは、ソロモンの治世中、ダンからベエル・シェバまでに至るまでのどこにおいても、それぞれ自分のぶどうの木やいちじくの木の下で安心して暮らした。」
これは、まるで創世記3章で認類が追い出されたエデンの園が、ソロモンの治世でこの世に再現したかと思わせるほどの、完璧ぶりです。欠けを思わせるような記述はありません。
しかし、やがてソロモンは、知恵も王国も平和も失っていきます。エデンの園に似ている要素があるというのは、そこからの追放についても言えるのです。
人間は本当に、愚かで、過去の失敗から学ぶことが苦手て、それを繰り返してしまう存在であることを、ここからも通関します。
一匹の羊となって、良き羊飼いイエス様に飼っていただくしか道はないのですね。